気球の上る日 データ集

最終更新日2002年2月28日

 (2002/02/28 第6回演奏会のために)

この曲は、すべて「空への憧憬」をベースに描かれています。
地上に縫いとめられた存在である我々の飛翔への憧れを演奏の中に表現したいものです。

いざない:
P−4〜6のフレーズは、青空にライトプレーン(手製の飛行機)を飛ばした時の思い出です。
途中で何度か入る、言葉の合間の休符や3/4拍子は、飛行機を飛ばした時の、風の抵抗や重力をしめすと私は思っています。ライトプレーン(作ったことなくても、紙飛行機を想像してみれば分かります)は、飛ばすと「キーン」とは飛んでいきません。必ず空気の抵抗を感じて、あるいは風を受けて、その速度を揺らがせながら飛びます。そんなシーン。

そして、P−6〜9まで。P−7の伴奏の右手が飛翔から地上への落下を示し、「残酷な優しさ」とまでいいながらもやはり母である地上に抱きとめられることを望み、そして地上に縫いとめられながら再び飛翔を夢みる(P−8 4小節目、ソプラノのオブリガート)。一瞬の音楽の停止(P−8下段3小節目)、瞬き再び目を見開いたその瞳に映る空の青を表現したい。

P−10〜18。軽やかな伴奏に乗せて、空を飛ぶことを最初から運命付けられた存在(かもめ)と、地上に縫いとめられた存在(人)の飛翔の対比を示します。
一度アルトが提示した旋律をテノールが繰り返しますが(P−10〜11)このとき、アルトは飽くまでも軽やかな無垢に満ちた声で、テノールは次につづく人間の視点をもってかすかな哀愁をおびて演奏しましょう。

そしてP−12、「人間は」から。ここは飛ぶことができない人という存在がいかにして空を征服しようとしてきたか、その強烈な意志と業(ごう)を、硬めの声とマルカートで歌う。しかし、P−15の「A−」を経て、P−16で繰り返されるそれは、ひそやかに、それでもその先に希望と喜びが待っていることを感じさせるように歌いたい。

P−18から再び提示される冒頭の旋律。空に憧れ、それを征服しようとし、イカルスの昔から現在まで、そして未来までも、そのために数多くのものを(命をも含む)なくすとしても、やはり人は空からのいざないに憧れ、手を伸ばしさらにより高みへとのぼろうとするのである。


風が強いと:
細やかな伴奏に乗せて、風が吹き抜けます。風のパートの人は一体自分がどんな速度でどんな強さで吹いているか分かっていますか?
基本的に16分音符の風はこまやかな、水面に漣を立てるような風なのではないか、と思います。吹き抜けるのがすごく早い。対して四分音符の風(特にベース)はもう少し色合いの違う風でしょうね。ただし風です、あくまでも。重い金属の塊のように音を下げないように(^^;)。

P−22〜24でひそやかに吹きはじめた風。そしてその中でひっそり囁くように語りが入ります(風が強いと地球はだれかの・・・)。ところで、最初のフレーズ、テノール、アルト、テノールで歌う方が、P−23からのソプラノ、アルト、テノールで繋ぐ旋律よりも夜のいろがすると思うのは私だけでしょうか。ソプラノからアルト、テノールと歌い継ぐ方が日差しを感じるというか、明るいいろがします。

P−25〜P−29まで。風が動き始めます。「ただいらいらと」のp、ここでは一瞬、風の速度が停滞するような気がします。P−25の2小節目のベースの「O−」が風の速度を瞬間緩める。その後、下段のソプラノの八分音符から再び速度が上がる。P−26の「ただいらいらと」の繰り返しでまた停滞し、「走り回る」の掛け合いで再び速く、そして強く風が吹き抜けていく。

その後の「わたしはよその星の風を思う」の繰り返しは、さらに活き活きと明るく動きをもって演奏される。動きをあおるのは、P−27の2小節目のアルト、ベース。しかしP−27から28へ繰り返される「風を思う」あたりから風は遠くへ去っていこうとします。そして、「なれるかどうかと」の繰り返しで完全に吹きすぎていくのです。

P−29から最後まで、ここは夜と昼の対比ですね。ピアノの低いAの音が夜を呼びます。fとpの対比をはっきりと。そしてpのとき、これでもか、というくらい子音を立ててください。ひそやかに、囁くように。
pが随所に現れるのは、白昼夢のような、陽射しの中にあって地上に光を届かすことのできない星を示すものです。

P−31「昼には青空が嘘をつく」一瞬高まった感情が、虚無へと転換されていきます。たったこの4小節の間に。
そして、暖かな愛情を持って囁きかける(んですよ、いいですね)ベースの旋律からアルトへ、ここまではまだ夜が深い。P−32下段のソプラノ、テノール、ベースの「U-」が夜明けをうながします。ソプラノの歌詞のときは、朝ですが、ラジオ体操しちゃうような元気のいい朝ではなく、春暁未だ醒めずといった、ぼんやりとした意識の中に居る風景だと、思います。

かなしみ:
この曲だけもう何度も語りましたが、もう一度(^^;)。
冒頭の下三声のF、これは舞台に張られた紗幕のように(半透明のスクリーンで向こうがかすかに透けて見えるような感じの幕のように)、一本の線で動かずにいてください。その中から、ソプラノの旋律が立ち上がってきます。これは追憶を呼び寄せる波です。それにつられて下三声も動きを開始します。必ず和音を縦に捉えて歌ってください。自分のパートを横に流して歌うのではなく。
特に、四分音符や音を変える記号(フラットやナチュラル)があたっているパートは、コードを変える重要な音です。

2段目、ソプラノとテノールは互いをよく聞きあって、メロディを掛け合うこと。そして、2段目最後の小節で全員Fに戻ってください。ここまでが導入部です。

この先、歌詞が入ってきますが、この中での基本的な役割は、こんな感じ。
 オブリガート(Uの人)は追憶の波。
 テノール:追憶の主役、透明で乾いた音で
 ベース:過去を示します。ベースが過去を引き寄せているのです
 ソプラノ、アルト:テノールに対する色のついた追憶とでもいうべき役割です

P−34下段からP−35上段でテノールによって波の向こうに透明に見える追憶が語られます。
P−34下段最後の小節のアルト、一瞬過去を引き寄せるような波の音、それに続くソプラノは空です。空へとけていく空気のようなもの、と言ったほうがいいかも知れません。そして、P−35上段最後のソプラノとベースの四分音符が追憶の終わりと過去を呼び寄せます。

P−35中段からP−36上段。過去がソプラノの高音とベースの低音で二重写しになり、より目の前にはっきりと立ち上がってくる。遠いぼんやりとした追憶ではなく、何か過去を目の前で見ながら懐かしんでいるような音がなっています。
P−36の1から2小節目、特にアルトの旋律。この波が高まってきてそのまま過去が現実のかなしみにすりかわってしまうか、と思われますが、一瞬の激情は引きます(P−36 3小節目)。

テノールが、何かを失いそしてそれを思い出せない悲しみを歌います。冒頭の追憶よりは強めに、やや感情を込めて歌う方がいいでしょう。ソプラノとアルトの「ぼくはよけいに」まだ透明なかなしみです。あんまり悲劇的には歌いません。

P−36下段、ベースがもう一度「ぼくはよけいにかなしくなってしまった」と繰り返します。このときの上三声は、かなりの意志力をもってクレッシェンドしないといけません。ただし激しいクレッシェンドでは決してなく、ビブラートもかかってはいけません。あくまでも、「自分の一番いい声の範囲内で」。

P−37、ソプラノとテノール、この曲で一番、そして一瞬しかない、フォルテです。こみあげてくるかなしみ、激情、けれど、それは瞬間のもので、決して現実の世界にまでは浸透してこない。それは、アルトの「遺失物係りの前に立ったら」で波が引くように去っていきます。このときのRit.とその後のベースの a tempoが重要です。だらだら遅くしまくらないことです。

ベース、最後の一言、「ぼくはよけいにかなしくなって しまった」。この休符は、さきほどまでの過去がふたたび波の向こうに押し流されていくことを示しています。かなしみは遠い追憶であって、いまここにあるわけではないのです。しかし、かなしかったことが消えてなくなったわけでもまた、ないのです。

そのすべてを包み込んで最後のオブリガートが歌われます。

気球の上る日:
飛行機なんかなかったころ、自分の村にはじめて気球がやってきたら。誰も空を飛んだことなんかない、村から外へ出て行くことすらまれな世界に『外』からの訪問者がやってくる。それも思いがけない方法(空を飛ぶ)で。そのとき、一体、どれほどの喧騒と興奮が村全体を包むだろう。
なぜこの世界設定か。それは航空機を利用して遠くまで行くことをめずらしくも何とも思っていない、そして、さまざまな刺激の洪水の中にあることで却って物事に鈍感になっているに違いない私達に、空を飛ぶものへの根源的な憧れと、その喜び、賛美を一瞬追体験させよう、という谷川のたくらみなのに違いない。

冒頭からP−44まで続く村の喧騒。カーニバルがやってきたかのような、興奮とよろこび。それを各パート、切り取られた場面が鮮やかに転換するように歌い継いでいきたい。何度も書いたが、
 第一群:P−39〜40 スタッカートを活かして。いきいきと。切れよく演奏する
 第二群:P−41〜42 16分音符をレガートに歌い、八分音符のスタッカートでその流れを切る。
 第三群:P−43     完全にレガートで。「枕もとの窓」のあたり、音をまるく放り投げるように。
と演奏したい。

そして、気球が開いてのぼっていくさまを描いた間奏部分。P−45の3段目からの伴奏に注目して欲しい。2小節一単位で動く右手の6連符。はじめは2回同じことが繰り返される。3段目3小節目から4段目2小節目まで。その後、右手が3度上がる。さらにもう3度。
気球はゆっくり上がります。航空機のようにスピードをつけて一気に上昇することはできません。だから、最初の伴奏が二回繰り返されているのです。これをききながら、自分の中にもゆっくり花開く気球を感じて下さい。

P−46〜50。伴奏は何度も上昇と下降を繰り返します。気球が空に浮かんでいるからです。風を受け、重力を受け、上がったり下がったりを繰り返しながら、空を飛んでいる。それが伴奏で表現されています。

合唱がpからのクレッシェンドを繰り返すのも同じ理由でしょう。P−47ソプラノの「ゆっくり」からはもう空を漂っているようです。

P−48から、視点は地上に固定されます。地上に縫いとめられた者の視線で気球を見上げているのです。そこには憧れと喜びと、そして自らはその行方を追う事の出来ないものの、ひそやかな淋しさが混じっている。

P−49ソプラノ、テノールの「階段に腰掛けて・・・」大切にレガートに歌ってください。「O−」とか「U−」を歌っているパートは、歌詞とシンクロしてください。このパートは地上から空を見上げている者たちを包んでのぼっていこうとする風のようなものです。それは、のぼっていきたい、という願いそのものであるかもしれません。

本来の詩はここで終わっています。けれど、曲はもう一度冒頭にかえります。憧れだけではなく、地上にあってはっきりとした現実世界を見つめた者たちの歓喜と喧騒をもう一度高らかにうたって曲は収束していきます。



1.「気球の上る日」パートソロ部分(P−39〜43)の和音進行

P−39から43まで 和音進行
「子供らは」F→「大人達は」Es→「誰もが」As→「勝手な(ベース)」Des→「勝手な(ソプラノ)」Ges→
「種まきを」B→「この日は」Des→「前夜」Fes→「手を取り合って」Es→
「瀕死の」Ges→「枕もとの」Fes
P−39から43まで ギターコード(英語のコード)による進行
「子供らは」F→「大人達は」E♭→「誰もが」A♭→「勝手な(ベース)」D♭→「勝手な(ソプラノ)」G♭→
「種まきを」B♭→「この日は」D♭→「前夜」E→「手を取り合って」E♭→
「瀕死の」G♭→「枕もとの」E



2.演奏上の注意

いざない
ゆっくり目に演奏します。日本語の自然なアクセントや流れを生かして歌う。

 ・P−4 「単純な」と「よろこびだ」の間はブレスしない。ほかもあまりぶつぶつ切らないように。
 ・P−5 「校舎の屋根を」、「あの青空の」のpをいかして。
  同 ソプラノ、「U」の入りは少しはっきり入る。

 ・P−7 「おちていく」と「イカルスの」の間、ブレスなし。pauseくらいのつもりで休符を扱う。
      「わかわかしいからだ」の「からだ」シンコペーション出す。
 ・P−8 アルト「草原に横たわる」音量出す。
 ・P−9 「空の深さ」全パート、余韻を大切に

 ・P−10 アルト、テナー「一羽のかもめの」入り、休符で充分に身体を作っておくこと。
  びくびくしないでやわらかく入る。

 ・P−12〜17 全体的にmarcatoで演奏する。重々しさ、硬さを表現する。
 ・P−15 の「A−」は二つで一セット。言い直すこと。
 ・P−16  「ひに」と「めしい」の間は、ブレスなし。
 
 ・P−18以降、冒頭の再現部。柔らかく言葉の流れを活かす。
  P−19 「そのときがたい」 「その」と「ときがたい」の間にわずかにpause、cresc.を早めにかける。
 ・P−20 アルト「さらに それをこえた」は、mfくらいまで持っていく
 ・P−21 「いざないだ」sotto voceで。
風が強いと
 ・テンポ:楽譜指定は92ですが、80前後で演奏することになります。あわてすぎないように。
 ・P−22、23
  風のパート(歌詞を歌っていないパート):
    主旋律が入ってからは音量を落とすこと。
    ただしアルトの出は弱いのでテヌートできちんと出す。
    ソプラノは、Cisに入ったらもう音量をおとすこと。
  歌詞を歌うパート:
    常にmfくらいを意識して聞こえるように。
    16分音符が急ぎすぎないように、言葉の頭をきちんと歌うこと。

 ・P−25〜28 Oを歌っているパートは楽譜指定の通りにOを言い直す。
  ソプラノ、歌詞が暗くならないように。特に「ア段の音」。
 ・P−29 ソプラノ 「地球に夜があり」の「きゅう」がきつすぎ。
  同    ベース 「昼がある」のFis→Disの音程に注意。「ある」の「あ」にテヌート。

 ・P−30 「なにをして」 P−31「どんなしかたで」 ブレス入れない
 ・P−32 2小節目と3小節目の間にブレスを入れる(ベースの歌詞の前)
 ・P−32 ソプラノ「朝になると」音が違う人がいます。ベース、アルトはA−durの5音目から歌いだしますが、ソプラノだけGes−durの7音目から歌い出します。それを勘違いしているようです(1月26日にかなり練習しました)。
かなしみ
 ・前奏部分にあたる最初の2段、Fでユニゾンするとき、完全に一致した音をならすこと。
  紗幕のようにFの音の壁を作って、その中から、メロディが鮮やかに浮き上がってくる、というイメージで。
 ・ソプラノ、Fのオクターヴ飛びのとき、音が切れないように。

 ・2段目のソプラノとテナーの八分音符のかけあい、どこにスラーがついているのか、要再確認。フレージングをパート内でそろえること。

 ・「あの青い空の」 「あの」の「あ」と「青い」の「あ」どちらも大切に発音する。
  「あの」をむしろ大切に発音しないと、「青い空」だけ弾いて歌ってるように聴こえる。
  音が飛ぶとき、途切れないように。

 ・三連符と八分音符の違いをきちんと表現すること。この三連符は、全部たたくのではなく、円を描くように歌う。

 ・テナーの「あの青い空の・・・」とソプラノ・ベースの「あの青い空の」は、下でハモっているパートが作っている和音が違います。それをきっちり出して下さい。特に次のコードへの導音になっている人(主に四分音符や臨時記号付きの音)は、よく自分の役割を認識する。

 ・「透明な過去の」にはいる寸前はたっぷりcresc.してrit. ただし、テナーが入ったら素早く引く。

後半2ページは、特にフレーズの終わりでrit.してすぐにa tempoというパターンがいくつかあります。音楽をだらだら遅くすればいいというものではありません。a tempoをしっかりかけて、旋律が立ち上がるさまを表現してください。
気球が上る日
P−39〜43の各パート毎に掛け合う部分と、P−45以降気球が上がっていくさまを表現した部分の違いを際立たせて演奏してください。

なお、上記1項に、P−39から各パートのフレーズごとの基本の和音を書いておきますので、コードを聞きながら一人で全部つなげて歌えるようにしておいてください。全部通して理解したら、自分のパートだけ抜いて歌えるようにすること。
・P−39〜43
 第一群:P−39「子供らは」からP−40「勝手な天気予報」
 第二群:P−41「種まきを」からP−42「手を取り合って」
 第三群:P−43「瀕死の」から「枕元の窓を」

 と分けて伴奏をよく見てください。第一群は、よりスタッカートを活かして切れよく歌う
 第二群は、一群よりレガートのかかる部分が増えます(特に16分音符)。
 そして第三群は、非常にレガートに歌う。 この違いをきっちりやってください。

 ・P−47 追いかけて歌う歌詞(ベースの「たちあがり」、テナーの「ひらいていく」)をきちんと歌う。
 ・P−48 「そのゆくえは」歌い方が重くて暗すぎ。もっと行く手に明るいものを連想させて。
 ・P−49 ソプラノとテナーのパートソロの情感をたっぷり出す。「O」や「U」で主旋律を消さない様に。